人権と自殺

人権は命より大事なものだ。絶対に守るべきもので、もし奪われたらどのような手段を取ってもそれを訴えるべきだ。訴えが聞かれなかったら、聞かれるまで訴え続けて、それをやり尽くしてそれでもダメだと思うなら、人権侵害を止める唯一の手段が自殺だと思うなら、死んだほうがいい。
http://d.hatena.ne.jp/essa/20061108/p1
人権を失ったまま生き続けても、そんな命に意味はない。

そもそもだ。
人権という法律を、ちっちゃな学生が行使するだけの行動力と、考えがあったのだろうか?

社会ってやつは、そんなにあまくない。
苦しんでいても、誰も助けちゃくれない。
人権を主張しようが、それを蹂躙されようが、だからどうした?!といわれる世の中。

法律でしっかり守っていたとしても、それは法律の専門家がいてはじめて保護されるわけだし、その仕組みをしらないモノにとっては、ただの信じているだけのまるで伝説のような存在だ。

誰も助けてくれないとか、人権なんてないとか、軽々しく誰だって思う。でも、それって実際のところは、当然なのだ。
だから、子供の間は、そういう不条理を親が助けてやる。
代わりに、守ってやる。
法律なんてものは子供にはわからん。
サバイバルは親が変わって受け止めるしかない。

私たちは、それを知っているだろう。
肉体的苦痛や、人権を侵害する行為を受ければ、それを訴えでるという行動がとれる。場合によっては法的措置をとれるということもわかる。
もちろん、それを行うだけの度胸と知力がなければならない。
そして、それをさせんとする精神的な攻撃もあるだろう。
だが、私たちは、信仰、または信念を持つ。
だから、屈しることなく、社会を生き抜くことができる。



手紙を送った子供の行動はそれで何かが変わるかもしれないキッカケにはなった。
でも、死んで、それで何かが変わるか?それはない。
人権?そんなものは、ただの法律だ。
国の制度だ。
私たちは、自分たちで生きる術を知り、生き抜かなければならない。そして、自分たちの子供にもそれを伝えねばならない。

だからあえて言う。
自殺はしてはならない。
そこには何の論理的証明も存在しない。
理由などない。
誰も、自殺などしてはならない。